「散らなかった葉」




 森が紅葉を終え、冬篭りの準備に終われる頃のこと。北風に震える一枚の葉がいました。

 その一枚の葉の体はかさかさに乾き、すっかり緑をなくしています。
 もう母の木から栄養をもらうこともなく、また、光を分けることもできず、根元は黒ずんで既に死んだ葉の様です。揺れる枝先で、冷たい北風に今にも吹き飛ばされそうになりながら、それでもその葉は必死に細い枝にしがみついていました。
 一緒に生まれた兄弟は、みんなもう、とっくに落ちてしまっています。
 多くはその年最初の北風が吹いた日に、足元へふわりふわり。
 あるいは強い風にのって遠くへひらりひらり。
 兄弟達の行く末は旅の途中立ち寄る渡り鳥や、地に潜る準備におわれる虫達が教えてくれました。
主のいなくなった蜘蛛の巣にひらひらして、冬の訪れを告げる者もいます。地鼠のふとんになる予定の兄弟は、誇らしげに胸をはっていたそうです。足元に落ちた兄弟達は、母の根元を暖める事をとても喜んでいました。遠く遠くで、見知らぬ葉と共に大地へ還ってゆく兄弟達もいるでしょう。
 みんな新しい命の寝床になることを喜んで散っていったのです。
 けれどもその葉は、枝から離れようとはしませんでした・・・。

 日は短く薄くなっていきます。北風は日毎、強く強く吹き付けました。
 木々はすっかり葉を落とし、梢を風に鳴らしています。地に落ちた兄弟達は雨にうたれ、獣に踏まれ、今は大地と見分けがつきません。渡り鳥はもう、遠くの空の彼方。木に穴を穿ち冬を越そうとする虫は、食べることもできない枯れた葉にそっぽを向きました。
 葉は黙したまま、枝にしがみついていました。


 やがて森は雪に白くなりました。もちろん葉にも冷たい結晶が降り積もります。
 乾ききった茶色い体に、じっとりとしみができます。夜になると湿った体はぱりぱりに凍り付き、脆く砕けそうになるのです。風が飛ばすかつての兄弟のかけらが当たるたび、葉は体の一部を砕かれて小さくなっていきました。
 重たい雪の降る日、すぐ隣で太い枝がぽっきりと折れて落ちました。いつこの枝も折れる時がくるでしょうか。
 けれども、葉はじっと枝にしがみついていました。

 数え切れない凍える夜を過ごし、気がつくとほんの少しだけ暖かくなっていたある朝、葉のしがみついていた枝に、小さな膨らみが生まれました。膨らみは徐々に緑に色づき始め、その緑は木全体へ、森全体へと広がります。
 芽吹きの春です。
 空に雲雀の声が帰ってきました。陽射しはやさしく降り注ぎ、溢れ出す緑は日々輝きを増していきます。冬を越した生き物たちが春の息吹きに招かれて動き始め、世界は古いカーテンをはぐように生まれ変わりました。
 とても…とてもあたたかい…あたたかいね…。
 その中で小さく干からびた一枚の葉は、おおきく満足の吐息をもらしました。
『お母さん。僕、これが見たかったんだ。僕たちが生まれた日の太陽をもう一度みたかったんだ』
 すっかり暖かくなった風に吹かれ、葉はそっと枝を離れました。柔らかい下草がふわりと枯れた葉を受け止めます。
 葉は、満足して静かな眠りにつきました。



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転載:2006.5.25
初出:2001.10.5 「EVER GREEN」

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