「林縁の姫君」




 ある所に、世界一美しいものが好きだ、と言われている王様がいました。
 お城は美しいもので溢れており、右を向いても左を向いても、宝石や絵画や、様々な美しい物であふれておりましたが、王様の持っている一番美しいものは、なんと言ってもお姫様でした。
 金の絹糸のような髪。雪のような白い肌。瞳は星のまたたきのようで、紅い蕾がほころんだように微笑んでいる口元。まともに見る事も恥ずかしくなるほどの、それは美しいお姫さまです。
 そして美しいだけでなく心根も優しいお姫さまは、王様の自慢の姫、そして国中の自慢の姫なのでした。
 王様は日に一度、お城を巡ります。
 彫像や絵画の立ち並ぶ回廊。モザイクの床とステンドグラスとシャンデリアがキラキラ眩しいホール。宝石を縫い付けた衣装が並ぶ衣装部屋。季節の花が咲き乱れる手入れの行き届いた庭園。
 そして最後に必ずお姫様のお部屋を訪れ、美しく着飾った姫を見て、満足の笑みを浮かべるのでした。


 やがてお姫様が年頃になると、あちこちから結婚の申し込みが来るようになりました。その頃にはお姫様の噂は遠い国にまで広がっており、本当に遠くの国からまで、申し込みが殺到したのです。
 王様は、姫の美しさがこれほどまでに広まっていることを喜び、そしてこんなおふれを出しました。

『一番美しい贈り物をした者に、姫を与える』

 そのおふれを聞いた人々は、たくさんの美しい物を持ってこぞって城へやってきました。
 氷の国の王様はからは豪華な毛皮の服をたくさん。つややかな茶色の毛皮、銀色のいたちの毛皮、金色のきつねの毛皮。真っ白なくまの毛皮に、世にも珍しい青い毛皮まで持って。
 ターバンを巻いた王子様は色とりどりの宝石を散りばめた首飾りや冠を、駱駝に山と積んで、砂の海を越えてやってきました。
 海の国からは大きな大きな真珠の粒を、一つ一つびろうどに包んだ箱を船に積んで。
 それから何十年もかけて織りあげたタペストリーを持ってきた人、大きな大理石の像を作らせたお金持ち。
 城はそんな求婚者と彼らが持ってきた美しい物で溢れかえり、誰も彼も美しい物を求めて、また少しでもきれいな物を持っている人は、城へ向かい、本当に国中は大騒ぎでした。


 そんなある日。
 森で木こりが木を切っていました。木こりは生真面目な働き者で、国中の男が綺麗な物を探してが大騒ぎしている間もせっせと働いて毎日を過ごしていたのです。何しろ木こりは貧しくて美しい物なんて持っていませんでしたし、そもそもこんな騒ぎが起きていることさえ知らなかったのです。だって、ずっと森の中に住んでいたのですから。
 そんな訳で、その日も木こりは森へ出ていました。
 いつものように大きな木に斧を振り上げた時、木の根本に木こりは見たこともない花が咲いているのを見つけたのです。

 黄色い花びら。すらっとした立ち姿。
「おや?こんな所に、なんて綺麗な花だ。お前さん、いつからここに咲いていたのかね?」
 木こりがしゃがみ込んで花に話しかけると、花は嬉しそうにゆらゆらと胸を反らしました。それがまるで返事をしたように見えたので、木こりは嬉しくなって、更に話し掛けました。
「見れば見るほど綺麗な花だなぁ、お前は。でも、お城のお姫様には負けるかもしれないぞ。お姫様はなぁ。そりゃあお美しいんだよ」
 木こりは姫様のお誕生祝いのパレードで、少しだけお姫様を見た事があったのです。

「あんなに綺麗な人は見た事がなかったなぁ・・・。けど、姫様はめったな事では見る事ができないけど、お前はずっとここにいられるものな。
・・・これからここの木を切ろうと思ってたんだけど、別の場所の木を切る事にするよ。だって、ここの木を切ると、お前、潰れてしまうだろう」
 木こりはそう言って立ち上がりました。そして新しい木を探そうとした時です。小さな声が聞こえました。
『ありがとう』
 木こりはびっくりしてきょろきょろと辺りを見回しました。誰もいません。首をひねっていると、もう一度
『ここよ、ここ』
  声は花の方から聞こえました。それで木こりは目をこらしてその花を見つめたのです。すると、花の上に、なんとも可愛らしい小さな少女が立っているではありませんか!木こりはびっくりして口をあけたまま、立ちすくんでしまいました。
『気がついてくれた?私、この花の精よ』
 少女が話すと花はゆらゆらと揺れます。そして、驚いている木こりに花は話し掛けました。
『ありがとう。綺麗って言ってくれて。それに木を切らないでくれて。私、今朝咲いたばかりだったの。潰されたらどうしようかと思ったわ』
 木こりはようやく口を利きました。
「・・・そりゃあ、良かった」
 これが精一杯でしたけれど。
『それで、助けてもらってこう言うのもなんだけど、お姫様がわたしよりも綺麗ですって?会ってみたいわ。わたしをお城へ連れて行って頂戴な』
「おいおい!そんな事言ったって、お城なんか俺が入れるものかね」
『大丈夫よ。門番にこう言えばいいわ。”王様へ贈り物です”って。門番にわたしを渡すだけでいいから。わたしみたいな綺麗な花を受け取らない訳がないわ』
 木こりは自分みたいな者が場贈り物をしたって、王様が受け取ってくれるはずないと思ったのですが、花の精があんまりお願いするので、花の根を掘り起こし(ちょっと下手だったのは仕方がありませんね)、お弁当を入れていた袋に大切に植え替えました。もちろん、お弁当は取り出して、ですよ。
 それで、花が枯れないように大事に持って、お城へ出かけて行ったのです。

 木こりがお城へやってきた時、お城は大混乱の真っ最中でした。何しろ遠い国の王子様から、この国中の男達まで、あまりにもたくさんの人がいるのですから。
 それで木こりは門番に「王様へ」と花を渡したのですが、忙しかった門番は花を庭師に渡さずに、贈り物の中に混ぜてしまいました。そしてすっかり忘れてしまったのです。



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